その事実を認めたくなくて、揺れる記憶の中へ消した。
こんなに鮮明な景色に気が付かない振りをした。
まだ 思い出したくない。

だけどやはり来てしまう私の本能が皮肉だ。
焦がれていることは二日前、もう認めた。
逢いたくて仕方が無くてまた足を運ぶ。
愚かな連鎖が螺旋になって一日を縛って、始まって終わる。
急に誰かに罵倒してもらいたくなった。
してくれる君がいないので喉の奥で自嘲する。

青白い月が雲に隠れた。
闇に沈んだ静寂が風に遮られ、草が騒ぐ。
顔にかかる髪が鬱陶しくて思い切り空を仰いだ。
小降りの雨に染み込んだ匂い。
崖の上の一軒家。
暗過ぎて、見えない。
深呼吸を一つ、白が黒の中へ溶け込んでいった。
明かりがない。
此処に君はいない。
また今日もこの空の下の何処かにいるのだろうか。
そうだといい。
希望?
まさか。
この極端な擦れ違いが嘘なのだと思いたいだけ。
あの噂が、嘘なのだと思いたいだけ。
事実、思っている。
そう思わずにはいられない。

生まれる吐息が呟きに変わっていった。



「…、やっぱり見えないなあ」



闇。
目前も闇、その向こうも闇。
何処までもずっと細波と共に闇が続いていく。
私は今、君の家の前に立っている筈なのに。
何故君の家が見えないのだろう。
確認するのはもう三回目になる。
『逢おう』と約束して三日目。
それは二日前。
君が約束を破った事があっただろうか。
同時に繋がらなくなった電話。
平らな大地。
瞬きを繰り返す。
けれど何も見えない。
それは月明かりがない所為なのか。
それとも、何かの悪い夢か。

小降りの雨に染み込んだ匂い。
砂埃の匂い。
崖の上の一軒家。
暗過ぎて、見えない。
暗くなくたって、見えない。
雲の切れ間から月光が零れる。
これだけ君の家の近くにいれば、私は照らされないのだろうけど。
私は真正面から、真っ青に照らされている。
青い、青い、瓦礫の山。
潮に混じる火薬の香り。
此処まで鮮明に描かれて、何を嘘だと言おう。
君の家が無い事?
君がいない事?
君が死んだ事?

その景色を初めて見た瞬間、噂と事実がリンクしたけれど、まだ思い出したくないから。
君がただ家を留守にしているだけなんだ、と今日も踵を返す。
明日は仕事もあるし、暫くは来られないけれど。


「今度は、いるかな…、ねえ、先生」


君は何時まで私を待たせる気なのだろう。
そして何時帰ってくるのだろう。
まだ思い出さない。
待っているから。




























だから どうか 早く  私の目の前に、

















何時もと変わらぬ君の姿を



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07.01.16