錯覚








乱れたシーツの上には上りきった日の光が容赦なく差し込んでいた。
眩しくて思わず目を細める。
ロッキングチェアに腰を掛けている彼の銀髪にきらきらと反射して、すごく美しかった。
まるであの夢のようだった。
綺麗だったのだ。
幼い頃に懐かしい絵本の一場面のような。
積み重なる経験や思想や感情に押し潰されながら、過去の時間の経過に刻まれていくもの。


「ああ…起きた?」
「ああ起きた」


先程とはまるで違う、性欲を宿していない瞳が、別段興味も無いように話しかける。
視線は部屋の中をうろついていた。
その淡白な瞳や口調は抱き合うように温かなものではない、
まるで凍てついた巨大な氷の塊を口に押し込まれるような感覚だ。
けれど、彼の肩まで伸びた銀髪だけは先刻と変わらず
きらきらと輝いていた。

愛が存在するとかしないとか、そういう事は関係は無くて。
どちらがどれだけ相手を束縛出来るのか。
一種のゲームなのだ、これは。
熱を帯びた感覚を、リアルな肌触りを、次に抱き合う時相手が忘れていなければ勝ち。
私が勝てた試しは一度もないのだが、手応えはあった。
都合の良い妄想に過ぎないだろうか。

下らない戯言を吐き散らかしながら、私は勝手にこの行為によって心の隙間を埋めていた。
愛されているという実感。
眩暈がするような衝撃。
思い出す度快感に打ち震える愚かさ。
間違ったマスターベーション?
私達が出会ったことすら間違いだったのかもしれない。


それも結果時間の経過の内に刻まれていて、もう無かった事には出来ない。
今更だが、出会わなければ良かったと思った。
元々正反対の本業を持つ者同士がどうして出会えようか。
それに知り合わなければ、深く入り込まなければ、
彼のあの濁った瞳を見なくても済んだのだ。
仕事場の彼は決して見せない瞳。
きっと私に対してだけじゃない。
それには、彼の過ごしてきた時間の経過の中に原因があって、
どんなに頑張って隠していても、こういうプライベートな場所では本音を曝け出すのだろう。


「シャワー浴びたら?」
「…散々ヤっておいてよくそんな事が言えるな」
「あぁ、動けないの」


濁っていた瞳が微量に光を宿し、急に私を捉えた。
がたりと腰を上げ、つかつかと此方に歩み寄る。


「すっと立って歩いて行きなよ、ほら」
「ちょ…ちょ、待って…」
「ほら」
「イ…っ、ア、ぐ…!!」


薄いタオルケットを羽織っていた私の腰を両脇から掴み、彼は私を膝立ちにさせた。
その瞬間私の内部からは、昨夜彼が放出したどろりとした液体が流れ出てくる。
あまりの嫌悪感に必死に腰を下ろそうとするが、彼は手を放さなかった。
嫌悪感でさえも快感に変わってくる私は一体何なのだろう。
口の端からは唾液が滴り、目尻には涙が浮かんだ。
彼の手を放そうと二の腕を押してみるが、力が入らなく、
寧ろ快感に耐える為に追い縋っているようにも思える。
起ち上がり始めた自分の熱に触れるよりも、彼の腕に縋っていたい。
がくがくと震える私を苦笑しながら彼は私の腰から両手を外さなかった。

全部流れ出たのか、次第に快感が薄れてくるとやっと彼は手を放した。


「く…っそぉ…」
「それだけで感じてんのも…困ったお医者さんだねぇ」
「ちっくしょ…っ」
「ほら早くそっちの処理をしちゃってよ、見苦しい」


彼はそう言うと今度は私を後ろから抱え込み、起ち上がっていた熱を残酷に扱った。


「ひっ…やめ、やめっろ…!やめろ!やめろ!!」
「どうせ一人じゃ時間掛かるんだろ?」
「い…、イくっから、ァ…、ねがっ、放し…っ」
「ホント、早いね。尊敬に値するね」


ぐいと一層力を込めて擦り上げ、先端部分を親指で押しつけられる。
尻の穴には先程流れ出た彼の精液がローション代わりになってか3本、
彼の指が突き入れられていた。
ぐちゃぐちゃに犯されて、前も後ろも、何も分からなくなった。
彼の熱で犯されるより、目覚めにはその手と指の感触の方がリアルだった。
完璧に私の弱い所を把握して指を動かす。
自分でも知らない所に彼の指が侵略を果たし、さらにそこを詮索し始めるのだ。
油断していると、落ちる。


女みたいに犯されて、感じていて、喘いで、また抱かれたいと思う。
そんな私を彼は何時も濁った瞳で見つめる。
首筋にナイフを突きつけられたような悪寒が背筋を下り、
その何も映らない瞳に映ったような優越感を得ている自分がいる。
妙な価値観を覚えて、抱かれる度に私は強欲になった。
業とらしく抱かれるのを拒み、私なりの無感情の視線を彼の瞳に投げ入れれば、
手錠をかけられて犯されることもある。
性器を無理矢理口に押し込まれる事もある。
それでも私は、彼に抱かれたいと思う。


それは何か。
どんなに冷たくあしらわれても、どんなに酷く扱われようとも、
私は彼を嫌いにはなれなかった。
それは何故か。
まだ錯覚を見ているからだ。
ずっと光輝いているあの夢が、忘れられないのだ。

幼い頃に懐かしい絵本の一場面みたいに。
記憶の中に残っている、一度きりのあの夢が。
きらきらと輝く銀髪から覗く、彼の綺麗な瞳が、
私に向かって笑いかけている。







ねえ


記憶の中であんたは何時までも綺麗なんだ


綺麗なんだよ  キリコ






だから私は










現実のあんたに夢のアンタを重ねて














抱かれているんだよ







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06.03.06