何時でも何度でも
なかなか素直じゃない。強敵だ。
自分の欲望を満たすのは、彼の口から愛の言葉を囁かれる。
ただそれだけの事だった。
だから素直じゃない彼を扱うのには大変な苦労を用いた。
ベッドに彼を押し倒し、有無を言わさずキスをする。
彼を抱くのはこれで何度目だろう。
抵抗しようが構わない。彼はこの強引さに圧倒されすぐに身を任せる事になる。
白いシーツの上で体を捩らせ頬を染める彼は、生理的に瞳から溢れ出した涙に戸惑っていた。
感じているのか。体は素直なのに何で君は。
何度も呟き自分でも聞き飽きた、アイシテル。
いいの。貴方が私に一言、同じ言葉を返してくれると約束するのならこの口を生きたまま縫い付けてもらっても構わない。
血で溢れかえったその口にキスの一つでも落としてくれるのならそりゃもう地獄に落ちたって構わない。
ほら、だから言うよ。アイシテル。
意味ならあるさ、アイシテル。
私は貴方をアイシテル。
信じてくれないのならもっと囁こう、アイシテイル。
時間がどれだけ経ったのかも分からないくらい。
いやいやと首を横に振る彼の耳元で呟き続ける愛の言葉。
ぴったりと合わせ重なった裸体が、しっとりと汗ばみ始める。
しかし全裸なのは彼だけで私はシャツを取り払っただけだった。
性器を擦ってやる度、微かに漏れる甘い吐息。
その吐息を、愛の囁きに変える為に、私は。
「愛してるよ」
「っ…ぁ、は…」
「愛してる」
「やめ…っろ、言うな…!」
「愛しているよ、ブラック・ジャック」
「ヤ…ぁあ…っ!!」
少し力を込めてそれを握ってやると、官能的な、それは甘く高く響く声で彼は達した。
びくびくと痙攣する彼の体はよくしなる。
瞳を涙で一杯にしてこれでもかと侵入させた指を締めつける。
アア、これが私のアレだったらと思うと背筋がゾクゾクするのが分かった。
どうしようもない、変態。
顎を掴み口付ける。舌を舐め、絡ませ合うだけで彼の体は再び熱を帯び始めた。
滴る唾液を拭わせる事などさせない。
貪り合う、求め合う、抱き合い、達する。それは愛のカタチ。
それはそれは、歪んだ愛の形。
「んっ…ふ…」
「熱いね。ヌルヌルして気持ち悪いねぇ」
「…ったら、する…なぁ…っ」
「気持ちイイねェ」
「ア、 ァ!…嘘吐き、め…!」
頭の中が真っ白になるくらいぐちゃぐちゃに犯してやろうか。
全てを曝け出せ。
お前の紡ぐ愛の囁きこそが、私の興奮を煽るのだ。
喉の奥まで焼き尽くすような欲望をぶちまけてやろうか。
感情を抑えるな。それが私を煽るのだ。
口を放すと唾液が糸を引いた。
さぞ濃厚だろう?愛の篭もった熱烈なキスは。
それを目の当たりにした彼は頬を染め顔をふいと横へやる。
しっとりと汗に濡れた白い方の髪の毛を耳に掻き上げる。
その耳に口を近づけ耳の中に舌を侵入させるとびくりと体が揺れた。
「愛しているよ」
「っ…」
どうだバリトンは。あんたの心に心地良く響くかい。
それだけで体を震わすあんたを私はどんな目で見つめていると思う。
ドロドロの支配感に満ち足りた沼のような目で見つめているのだろうよ。
さあだから囁いてくれ。もしくは呟くだけでもいい。
「ブラック・ジャック…。お前は…私の事をどう思う」
「…、知るかっ…」
「自分の感情すら分からないのかい。困った子だ」
「うるさいっ!!」
「じゃあ言いたまえ。さあ…どう思っている。物足りないか。私では天才外科医の器を満たす事は出来ないのか」
横へ向いている顔にそっと手をそえてこちらへ向かせる。
口調は強めに。仕草は甘く。瞳は清んだ泉の如く。
「…ぁ、私は…、」
「ゆっくりだ。ゆっくりでいい。私以外には誰にも言わないような…そんな台詞をあんたは隠し持っている」
「…私は、ァ」
「何かな、ブラック・ジャック」
「あんたが…好き」
「…」
「あんたを、愛し、ている…」
戯れだった。
私は彼から愛の言葉を囁いてもらったが、次なる欲望があるのを知っている。
「ハ!そうかい!天才外科医さんは私が好きのか、愛しているのか、呆れたな」
「…!?」
「てっきり私は何時もみたいに罵ってもらえるかと思ったよ、アア実に残念だ」
「何、言って…」
「何時愛の言葉が欲しいと言った?落ちぶれたなブラック・ジャック。期待外れだ。じゃあな」
放ってあるシャツを拾い上げ適当に羽織った。
困惑する彼を目にも止めないでコートを手に取り玄関へ向かう。
何だ今までの戯れは。
私は彼から何が欲しい。彼の何が欲しい。
感情が高ぶって、無駄に鼓動が早い。
大股で寝室を出てリビングへ繋がる廊下を進む。
「何言ってんだ…よ、待てよ!」
横目でちらりと見やる。冷めた、冷え切った瞳で。
これまた適当なシャツだけを羽織った彼が追いかけてきた。
そりゃそうさ。だって今まで私がこんなに冷たくした事がないからだろう。
そりゃそうさ。それは貴方が今の今まで愛の言葉を言った事が無かったからさ。
リビングの机にある愛用のシガレットケースを片手に玄関へとずんずん進む。
玄関を目の前にぴたりと立ち止まる。
彼が私のコートの端を掴んだのだ。
「放したまえ、ブラック・ジャック」
「何で…?あんた、おかしいよ…」
「さあ?そんなの知らんよ。兎角もう金輪際お前の家にゃ来ねェから」
「…、…な、んで」
「愛し合う関係なんて気持ち悪いよ」
玄関を飛び出てハーレーの元へ向かう。
わざとタイヤの辺りを細かく見て時間稼ぎだ、笑わせる。
さァ罵れ。私はお前の罵声が欲しい。
「馬鹿…!!お前なんて大嫌いだ!!!」
「…」
「何だよ!抱きたいって言ったのは誰だ!最初強姦まがいな事したのは誰だよ!!」
掠れた声で彼が叫ぶ。
私は、聞こえない振りをしてタイヤを念入りにチェックする。
岬に響く彼の悲痛な叫びが、私の心にぼんやりと響いた
「…ッ!…、…無視、しないでよ…」
「…」
「キリコぉ…!!!」
顔上げ彼を見やると、その場にへたり込んで泣いていた。
アア…これだ、これ。
愛の言葉にも勝る、泣き崩れる彼の姿は何にも増して愛おしい。
哀しみが目一杯詰まった声で私の名を呼ぶ声。
ゾクリと鳥肌が立つ。
仕様が無いという素振りを見せながら立ち上がり、ゆっくりと彼の元へ向かった。
しゃくりあげる彼に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「…私が、好き?」
「…す、きって言ってる…!」
「愛している?」
「それも言った、ぁ・・・!!」
そこまで答えると彼は潤んだ瞳で私を見つめた。
まるで、本当に捨てるの?というように。
雨に濡れた子犬のように。同情を誘う顔に私は興奮を誘われる。
「ごめんね…嘘付いちゃったね」
「う…そ…」
「先刻の言葉が夢みたいで、つい、こんな強引な行動を…」
天晴。自分でも演技派だと思う。
自分の思うように事を進めるためには、本当の自分を隠さなくてはならないから。
「嘘なの…?」
「うん」
「俺の事、好き?」
「好きだよ」
「…愛してるの?」
「愛しているよ」
そう言いながら彼を抱き上げ、再び寝室へ戻る。
今度は煙草と共にコートもリビングへ置いていった。
日が差し込むリビングの机の上。
煙草が色濃い影を映し出す。
彼をベッドに寝かせようとしたところ、首に絡んだ手に力が篭もった。
「寝ないの?」
「嫌…あんたがどっか行っちゃう…」
「行かないよ」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「…ほんと?」
「うん、本当」
「…」
渋々…といった感じだったが、彼は静かに白いベッドに身を埋めた。
寝付くまで一緒にいると約束をして数分も経たないうちに寝息が聞こえ始めた。
さて、帰ろうか。もう用済みさ。
起きた時。彼は泣くだろうか。
家中を駆け回って私の名を呼ぶだろうか。
そして―――、私の家にやって来て私に追い縋るだろうか。
寝室を出てリビングへ。
コートをきっちりと着て、煙草を胸ポケットの中へ。
日差しが低い午後4時。
私は彼を三度裏切った。
言葉で、体で、演技で。
そしてこれからもそれは続く事になる。
傷付いた貴方が見たかった
私に縋る貴方が見たかった
泣き叫ぶ 君が見たかった
所詮私は、傲慢で
君が泣いても構わない
欲望のためならば
何時でも、何度でも君を捨て去る
曖昧で彩られた
ヒステリックなムードメーカー
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05.12.26