逢いたいから、口実を








「…何コレ」
「お前とうとうボケたか?苺だ」
「え、だから何」
「バラ科だ」
「んなこた聞いちゃいねェよ」


玄関のチャイムで外に出てみれば、籠にこんもりと盛った苺を差し出す奴がいた。
一粒一粒が綺麗な赤色で、しっかりと実が熟している様子だった。
自分の中で彼のイメージカラーは紅だったから、妙に絵になっていて気持ちが悪い。
くれるのか、と聞いたらこくりと頷いた。
苺を手渡すと、らんとした紅い瞳はそれっきりきびすを返して去っていこうとしたので、
腕を掴んで引き止める。


「お前は食わないの?」
「俺はピノコと一緒にいっぱい食べた」
「甘かった?」
「うん」
「まだ食べれる?」
「うん」
「じゃア、食おう」


ぐいと腕を引っ張って彼を家の中へ通した、もとい、引き摺り込んだ。
一人で机に座って苺を黙々と食べろと?
いくら何でも想像すれば自分だって分かる。
気持ちが悪い、と。
リビングに通してソファに座るように指示をすると、ちょこりと彼は座った。
コーヒーで良いかと聞くと苺には合わないと言うので、
炭酸水の1リットルボトルを冷蔵庫から取り出した。
じりじりとやってくる季節の変わり目。
今日は昨日と比べると大分暑い。真夏のようだ。
グラスに氷を落とし、炭酸水を注ぐと、
ピキピキと氷に水が浸透して心地良い音がした。
何時の間にか彼がキッチンに来ていて、今しがた水を注いだグラスに耳を近づけている。


「しゅわしゅわって聞こえる」
「ああ、炭酸水だから」
「…うぇ、甘いの嫌い」
「違ぇよ、砂糖は入っちゃいない。体に良いんだぜ」
「へー」


まるで興味が無いという返事をしながらも彼はグラスを見つめていた。
そのグラスをひょいと持ち上げてリビングへ向かうと、彼はむっとした顔をして付いてきた。


「見てたのに」
「返事が興味無さそうだったし」
「…体に良いんだろ?」
「ああ」


彼は私の手からグラスを奪い取り、不思議そうな目で炭酸水を見つめた。
結構今話題になっているというのに、全くもって彼は流行に疎い。
別に疎いからなんだという事は無いが、少しくらい気を遣えばいいのにとも思う。
彼は健康には敏感だと思っていたのだが、特になにも気にしていないのだろうか。
あの女の子が食事の管理をしているのだろうか。
いや、彼は口煩いからきっとその子に色々と指示をしているのだろう。
それともサプリメントを飲んでいるとか?
…彼はそういうのは嫌いだったなぁ。きっと食事が良いんだな。


「なに難しい顔をしている」
「ん―…、別に?」
「ふん…」


尖っていた唇をさらに尖らせて、彼はグラスの水を一気に半分呷った。
…と思ったらいきなりグラスを口から放した。


「っ!!?」
「どうした?」
「ゥ…っ…おえ、…」
「…おいおい、大丈夫かよ…」
「に、がい…、ケホっ…!」
「……ああ、お前飲むの初めてだっけ」


涙目で咳き込みながら蹲っている彼の背中を擦ってやる。
荒い呼吸をしながら瞳を見開いていた。
相当驚いたらしい。
そういえば結構炭酸強めだな、コレ。


「う…ウ…っ」
「驚いた?」
「は、ァ…、はや、く…」
「ん?」
「早くッ…」


早く…ナニ?
ひぃひぃと半泣き状態の彼はそこまで言ってまた咳き込んでしまった。
んーとこういう時は、やっぱ口直しが欲しいのかな。
だからってコーヒー出したら余計に苦くなるだろうし。
…あ、そっか。コレか。


「おい、ブラック・ジャック」
「なっ…、ん、ン…!?」
「よく噛め」
「ン…ちょ、待、ァ…っ」


私は彼の口の中に蔕を取った苺を放り込んで、その上からキスをした。
彼の言っていた通り本当に甘い。
苺狩りにでも行って来たのか?
さすがに彼も普段の格好では行かなかっただろう。
なら誘ってくれれば良かったのに…、見たかったなぁ、私服。

どうでもいい事を考えながらも、私は彼を床に押し倒しリボンタイを解いた。
固く瞳を瞑っている彼はどすどすと私の胸板を叩く。
最早炭酸の所為なのか生理的なものなのか分からない涙が彼のこめかみを伝っていた。
その間も私は殴られっぱなし。
う〜む、こりゃ本気だ。痛い。
シャツの第二ボダンを外したところで私は渋々ながらキスをやめた。
折角久々に向こうから来たと思えば手土産一つで帰ろうとするし、
少し寂しかったなーーとでも言ったら許してくれるだろうか。


「な、何をするんだっ!!」
「え?早くって…口直しが欲しかったんでしょ」
「違っ…!『早く炭酸が苦い事を言え』と言いたかったんだっ!」
「あ、そうだったの」


多分腰が立たないであろう彼をひょいと持ち上げて私は彼をソファに降ろした。
彼はまだ呑み込めきれていない苺を丁度こくりと呑み込んだ。
口の端を手の甲でぐいっと拭いて、それからきっと私を睨んだ。


「…帰る!」
「何で?」
「何でも!」
「久々に会えたのに?」
「っ…」
「ねえ、ブラック・ジャック」


立ちあがりかけた彼の腰を掴み自分の膝の上に座らせ、両手でがちりと抱き締める。
酷いや。結構本気で寂しかったのに。
来た本人に帰るって言われると、何となく主導権を握っているのはあっちだから。
追い縋ってしまう。懐かしい温もりからまだ離れたくない。


「…、…ぅ」
「ブラック・ジャック」
「き…りこ…」
「此処に、いろ」
「ァ…」
「いてくれ」


私の腕を引き剥がそうとしていた彼の手が、するりと離れた。
腕の力を少し緩めると、彼は体を反転させて抱き付き、私の首元に顔を埋めた。


「…ア、あ、…りこぉ…」
「ん…?」
「俺、あんたに逢いたかったから、」
「うん」
「苺なんて、口実だ」
「うん」
「…っ…、逢い、たかっ…た、、、」


肩を振るわせながら彼は私に抱き付いていた。
なんとなく、鼻の奥がつんとした。





「私も逢いたかったよ、ブラック・ジャック…」





本当に、本当に彼の温もりが懐かしくて、彼の手が優しくて、
それ以上何もいらなくて、ただ、抱き合っていた。
何時いるかも分からなくて、何時いなくなるかも分からない。







何時逢えなくなるのかも分からない、生きているという保証すらない相手に、私達は












何故か こんな

















惹かれ続けてしまう







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06.04.30