その面影を







師走になるとちらほらと雪が舞う時がある。
それはきらりと冬の朝の斜陽を浴びて、まるでダイヤモンドダストのようだ。
リビングに一人、読書をしていた私は顔を上げ虚ろに窓へ瞳を向けた。
脆く儚い、砂糖菓子のような雪が窓の外にちらついている。
毎年毎年、この場所は雪が降った。
此処に住み始めてから数年経ってやっと気が付いたのだが、私は後悔した。

吐息が白くなっていく頃、そっと溶け出す哀しみがあった。
見えているのに触れられなくて。
淡い光を微かに持っていた。
それはまだ、思い出として貴方が私の心の中にいるからなのだろう。

私が幼い頃事故にあったのは初夏だったが、母が生き絶えたのは雪の季節だった。
何時もリハビリが終わると、私はすぐに車椅子を押してくれている看護婦に母の所へ連れていってくれと頼んだ。
日課だった。いやそれは日課などではなく、そうする事が病院にいる間のごく当たり前な事だと思っていた。
回復の遅い自分の親を子が見に行く。
今となっては回復が遅いのではなく、回復しようが無かったという過去になっている。
そして母は死に、私は生きた。
ドロドロの復讐心にまみれながら高いプライドを築き上げた。
それも、また別の冬の頃だった。

私はつくづく冬に対して好感が持てなかった。
嫌な思い出ばかりが積もった季節。
雪を見る度に襲う嫌悪感、焦燥感。
雪に触れる度考える、自分自身の事。愚かな事。
冬は妙にネガティブになる事が多いな、と思う。
それが何故か気が付いていながら、知らない振りをして私は冬を乗り切る。
そうする事によって、私は私を守り、私を保ち、私として生きる事が出来るのではないのだろうか。
もしも醜悪な復讐心が無ければ、もしも孤独というプライドを築いていなかったら。
私は 今頃。


眺めているだけでは飽きたので、私はコートを羽織って外へ出た。
少し雪の積もった芝生を蹴散らしてみる。
弾かれた雪は再び空中に舞い、きらりと光って、溶けた。
最後まで綺麗に生き抜くそれは、酷く腹立たしい。
思わず芝生を躙って白を薄汚い茶色に汚したくなる。
そうすれば、嫌いな雪とも何処か波長が合う気がするのだ。
汚れているものとしか付き合っていけない道を選んだのは私。
もうこれ以上汚くなれないなら、周りの物を汚していけばいいのだ。
最終論こそが今までのどの理屈より偏屈で馬鹿馬鹿しかった。

でも、汚れを知らない貴方だけは。
唯一その最終論には当てはまらなくて。
それでも再び手にしたかったので、私は空を仰ぎ手を伸ばした。
ほんの一瞬でも貴方の面影が見えたのなら、
それを捕まえてやろうと思った。



しかし

その伸ばした手こそが
何度も空を泳いだその手こそが
一つの事実を物語っている事に、私は、何時気が付くのだろうか







ただそれは意味の無い事だと







貴方はもう











二度と 戻らぬ者だと







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05.12.12