Naked sexual drive on Christmas






「例えば、もう何もしたくない」
「何だそりゃ」


壁に手を付いて尻を思い切り彼に突き出した状態で呟く。
ずるりとソレを引き抜かれた瞬間脱力して床へ崩れそうになったが、
彼が支えてくれそのままベッドへ横たわった。
開け放した窓からは都会のネオンと闇が流れ込んでくる。
丁度良い冷たさが火照った体を滑っていった。


「どういう意味だ」
「そのままさ…、あんたとセックスするだけがイイ」
「…無理だろ?」
「無理さ」


彼が困ったような笑みを浮かべた。
全くその通りだ。
私は枕に顔を埋めながら頷いた。
彼も彼でベッドサイドに腰を掛け、ニコチンを吸っては吐く。
ソレを奪い取り自分も深く吸い込む。
くらり、軽い眩暈は何時もの事。
医者の不養生だなと何度も考えた。
空になった右手を彼は暫く持て余していたが、やがて私から煙草を奪い取った。
ホテルの前のパチンコの光が、音が、苛々する。
都会のネオンが苛々する。
私は今、彼と二人きりの沈黙を過ごしたいのに。


「うるっせェなあ…」


私は立ち上がり何も纏わずに窓へ向かった。
体にぶつかる風の勢いが増す。
髪を乱れさせ、視界が奪われる。
それら全てが私の思い通りにいかない。
ただ、光と音を遮りたいだけなのに何故こんなにも邪魔が入るんだ。
苛々する。
理不尽な怒りに、苛々する。
思い通りにいくことなんて一つないのに。
先刻まで気持ちよいと思っていた風でさえ憎い。
急にニコチンを吸い込んだら酸欠になるのは当たり前なのに、その『当たり前』すら。




――――バンッ―――――…!




勢いよく閉めれば大きな音が立つこの、窓が、憎い。
カーテンを閉める時にするレールの擦れる音が煩い。
…どうにもならない。
どうにもならない事が多すぎる。
例えば、私と彼を隔てる境遇。
生まれる場所も違えば家庭環境も違い、しつけも違えば世界観も違う。
経験や価値観、何もかも違い過ぎているのに。
何故私達は同じ空間の酸素を吸って、ニコチンを吐き出し抱き合えるのだろうか。


「…どうしたブラック・ジャック」
「…………お前は安楽死医だよな」
「愚問だな」
「……お前は何故私達が今、こうしていると思う?」


窓際のロッキングチェアに腰を掛ける。
彼は閉じていた瞼を開き、私の裸体を瞳で下から上へと舐め上げるように見た。
少し細められた蒼い瞳と私の紅い瞳の視線が絡み合う。
私の瞳は、揺れているか?
寂しそうに濡れているか?
努めて普通に、哀しげな娼婦みたいに見えるか。
肉欲に溺れた淫らな女の瞳に見えるか。
視姦はやめろ。感じちゃうから。

綺麗で残酷な蒼に飲み込まれたいと幾度思っただろう。
ゼロを見つめ続ける、人間にとって最大の恐怖を見つめられるその瞳に。
イチの世界の住人とは思えない程、ガラス細工のように繊細な罪の意識を背負って。
そんなお前に私は抱かれ。

見つめ合った時間はそんなに長くない。
彼が顔を歪めて、口角を上げた。


「ックック……、ブラック・ジャック」
「何」
「その瞳…キモチワルイからやめてくれないか?」


分かるもんだな。
伊達にこの歳まで生きてきてない。
裏の世界の経験が豊富なだけ、こんな素人演技を見破るのは蟻を踏み潰すより簡単なのかもしれない。


「私の質問に答えろ」
「その瞳をやめたら?…見せてくれよ」
「…」
「何時も生死に血迷った瞳をしているが、演技の瞳でもなく、ホントの瞳をさ」
「……」
「そしたら答えてあげよう、センセイ」


彼は立ち上がってゆっくりと私に近づいた。
目の前まで来ると腰を屈め私と目線を合わし、両手で私の頬を包み込む。
意図の分からないキスを仕掛けてきて、それを私は受け止めた。
差し出した舌を噛まれ、びくりと体を震わす。
飲み込め切れない唾液が顎を伝い太股の上に滴った。
冷気によって熱を失った唾液が直に肌に触れ、それにも反応してしまう。
歯列をなぞられて、唇を舐められ、舌を触れ合わせる度に水音。
快感。
今度生まれ変わったら男娼でも良いかもしれない。


「ウ…、んぁ…っ」
「ねえ、ねえ先生…イイでしょ。俺はずっと我慢してたんだ」
「…っ?」
「先生が卑劣に笑って俺と一緒の瞳をしているのを見たいんだ」
「ン…、ん!?…ちょ、おい!!…ッ!」
「隠すなよ、そんな脆くて儚い仮面なんて、消えちまえ」


いきなり抱き上げられベッドに放り投げられる。
スプリングが丁度腰に当たって鈍い痛みが走った。
私がうめいていると彼はいたって真面目な顔で私を押し倒した。
彼と出逢ったのはもう何年も前。
初めから気が付いていたのだろうか。
初めから全部、死に焦がれているこの心を彼は知っていたのだろうか。
光を失ったこの瞳を知っていたのだろうか。

何だ。簡単な事だった。
理不尽な怒りとかどうにもならない事だとか、上辺で受け止めてたから迷ったんだ。
自分で言った通り、彼との行為の為だけに生き、交わる事を求め淫らに乱れれば良い。
全てを知ってもらった上での彼との行為は、きっと甘美で全てさらけ出せる。
何だ。簡単な事じゃないか。
忘れていた残酷な無情な心を表面に出せば済む事じゃないか。
胸の中の蟠りを解放して、貪欲に彼を、彼を欲すれば。

痛みに歪めていた顔が皺を無くしていく。
うめき声が解放感を味わった時の快感の溜息に変わった。
汗で額に張り付いた髪を掻き上げ、彼に顔全体が見えるように。
『この世の全てがツマラナイ』、心からそう思う。
彼と抱き合う時間が何よりも幸せでそれだけに生きてそれを生きがいにしたい。
そんな思いが満ち満ちた瞳が隠されている瞼を開く。
ぼやけた視界に映った蒼い瞳が少し、見開かれた。


「―――…どうだキリコ?本当の俺の顔は」
「おやおや…一人称まで変わるのかい……情欲にまみれた瞳だなぁ」
「…お前もだろう…?キリコ」
「フフ…、ありがとう先生最高のクリスマスプレゼント」
「………そう、いえば」


クリスマス。聖なる夜。
聖なる夜に私達は肉をぶつけ合う。
獣みたいに、馬鹿みたいに、時を忘れて。
今を忘れて。
精液を身に纏い唾液を互いに塗りつけ、所有の証を幾つも咲かせ。
現実世界に縛られた、胎から溢れた血で象られる血判状を破り捨てる。
そしてゼロとイチの狭間の世界に足を踏み入れた。
神と死神が上辺も何もなく、新たな世界で出逢った瞬間だ。


「答えを教えようか、先生」
「……」
「愚問につくのは愚答だ」
「…ッうあ!?」
「クリスマスだからな、恋人同士は一緒にいるもんだろう?」
「……ほん、とに愚答だな…!!」


うつ伏せにさせられ頭を押さえつけられる。
腰を持ち上げられて、四つんばいの状態だ。


「おい!」
「『セックスするだけがイイ』んだろ…シよう?これをプレゼントにしてあげる」
「……」
「一日ぶっ通しで、犯し続けてやるよ」
「…………後悔するなよ。いくらでも起たせてやる…っ」
「光栄だね。尻の穴が使い物にならなくなっても知らないぜ」


直後、噛み付くようなキス。
ぎしりと軋んだスプリング。
熱い肉棒に喰らいつく自分に失笑する。
でも、良いじゃないか。
求めていたこの幸せ。
夢のような時間を彼と共に。
逃げ出す事は許されない、イチからゼロに故意に行くことは出来ないから。
翻弄とするその狭間で私達は、限られた刻の中で。
永久と錯覚しそうになるこの快楽に溺れていくのだろう。



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06.12.25