はい、そうです。私が殺しました。

ああ優しい死神、私を赦してくれ。

早く早く彼方に会いたい。

そしてこの汚れたこ罪を拭い去ってくれ。





優しい死神とその生け贄




私はすぐさま病院を後にした。
こういう時は長居は無用だからだ。


ああ優しい死神、私を赦してくれ


こういう時…つまりは患者が手遅れだった時。
厄介な脳腫瘍。転移の数およそ数十箇所。可能性はあった、だけど遅すぎた。仕様が無いのかもしれない。
だがしかし、無性に焦燥感に駆られる。
心が乾く。鮮血を流したくなる。何もかもを投げ捨てたくなる。喚き散らしたくなる。
君に会いたくなる。君に。


ああ優しい死神、私を赦してくれ


半ば意識もはっきりしない中、ハンドルを握って病院を後にする。
そう。私は自ら死神に首を捧げに行くのだ。赦しを請うのだ。また罪を犯してもいいように。
少しでもこの心がへし折れないように。重みに耐えるだけの赦しを請うのだ。


少し都会から離れた雑木林の中に、君は住んでいる。
何処までも白く不気味な地獄の病院のように聳え立つ君の家。


なあ君は。ねえ、優しい死神。君は私を赦してくれるのかな。
この苦しみを。憎しみを。辛さを。涙を。悲しみを。醜さを。全て拭い去ってくれるのだろうか。

ああ優しい死神よ。君の鎌に捧げよう。私の醜い魂を。
そして紅に染めてくれ。君の鎌を私の鮮血で染めてくれ。
何時かは死臭となる血の臭いも、何時かは朽ちてなくなるこの身でさえも全て捧げて君の一部になればと思う。
鎌にこびり付いた私の血はその鎌に滲み込み永久に君の傍にあるのだろう。
鎌を振りかざせば目の前に何時でも這いつくばり赦しを請う私の残像が見えるように、出来るだけ愚かに、出来るだけ哀れに赦しを求める。
こんな私を、君はどう思うだろう。


・・・
玄関のチャイムを2回程鳴らす。まだ電灯が点いているから君は起きているんだろうね。
夜中の2時だというのになんと無礼な客だろう。そう思ってくれてもいい。
私は君の生け贄。君は私の首に鎌を翳す。
もう、逃げられないんだよ。


『…誰だ』
「キリコ…開けてくれ、私だよ、、、」


そう。出来るだけ愚かに、出来るだけ哀れに、君を求める。
暫く経てば何時ものように君は地獄への門を開き、私の罪を見定める。
限りなく無感情で限りなく無慈悲な冷たい視線は、私に深く突き刺さっていくのだ。


「いらっしゃい、カワイソウなブラックジャック先生」
「………キリコ」
「どうしたの。また患者が死んだの」
「そうなんだ」


君は一瞬だけ少し驚いたような顔をしてすぐにまた何時もの無表情に戻った。
そう何時もより率直に自分の犯した罪を述べる。
出来るだけ愚かに、出来るだけ哀れに。
今すぐにでも首を刈られてもいいように首を前に差し出しながら。
今すぐにでも赦して欲しいと脅えた表情になりながら。


「…へぇ。で、何しに来たの」
「、、、、」
「まさか慰めて欲しい、なぁんて事ぁねェよな?あの天下のブラックジャック先生がこんなとこまで来られたんだ。もっと重要な何かがあるんだろう、そうだろう?」


何時もと同じ。死神は最初はとても冷たい。氷の仮面を被った無表情のオイシャサマ。


「違うキリコ、、、キリコ。俺は、赦してもらいに来たんだ」
「ふうん…」
「なあ、死神、赦せ。俺の罪を。」


出来るだけ強い口調で、出来るだけ強い視線で彼を見て、出来るだけ愚かに、出来るだけ哀れに話し続ける。


「…」
「紅いんだ。苦しいんだ。全てが嫌なんだ。死にたくなった。だから会いに来た」
「ほう」
「なあ、死神。俺の首を刈れ。生け贄の首を刈れよ。そして罪を赦せ。人殺しという最悪の罪をだ!!」


彼の胸倉を掴んで叫ぶ私。
ああ。なんて愚かで哀れで醜いのだ。
何てカワイソウでボロボロでズタズタなんだ。

すると必死に睨みつけた私と視線を急に外し、彼は私を抱き上げた。


「…!?なっ、、、」
「いいだろう。来いよ、ブラックジャック。赦してやろう。愚かで哀れなお前を赦してやるよ」
「キリコ……」
「ああ。なんて醜いんだ。可愛いよ。抱きしめて抱きしめて絞め殺したくなるくらい好きだよ」
「キ、リコ…!!」
「泣くなよブラックジャック。赦してやるから、完璧に殺してやるから、安心しろ。全て委ねろ」


心の篭っていない君の言葉すら、今は魔法のように甘く心に響き渡る。
ああ、やっと。赦してもらえるんだ。その一心で。私は彼の首に縋りつく。
そう。君に全て委ねるよ。
何処までも何処までも優しい死神。君は何でそんなに優しいの。



本当はただ好きだから。愛しているから。君の元へ来るんだよ。
愛して欲しいから。君に会いたいから。君と共にいたいからここへくるんだよ。
でもこんな捻くれた付き合い方しか出来ないのは、優し過ぎる君のためなんだよ。

いきなり2階の寝室のベッドに放り投げられて、突然の反動に私は唸った。
抗議の言葉を訴える暇も無く、死神の愛が降ってくる。
優しい、優しいキスの雨。全てを溶かし全てを無に返す、意味を成さない偽りのキス。
そう、属にいう所有の証は私達の間じゃ赦しの証。

どう抱き合ってどう慰め合ってどう赦し合っても私達はきっと、けして混ざり合わない存在だから。
こうした馬鹿げた行為も許し合えるのだろうね。


「キリコ、赦せ。私は…」
「もういいから静かにしていろ。お前は今、私の生け贄なのだろう?だったら言う事を聞け」
「…リコ………っ」
「ああ。愚かで哀れなブラックジャック先生。カワイソウな先生。醜い先生。赦してあげよう。全てを赦そう。紅の刻印を殺ぎ落としてやろう。そして深い闇に静かに眠れ」
「私は…、キリコ……」
「……ブラックジャック、お前は俺の物だよ。赦して欲しけりゃ何時でも来ればいい。だが約束だ。他の奴の所へは絶対行くな。いいな。俺はお前だけを赦してやる。誰でもない、お前だけだ」


何処までも何処までも優しい死神。君は何でそんなに優しいの。
血に塗れた両手を黒い水で洗い流してくれる君。頬に伝う透明な涙を黒く染めてくれる君。
全てにおいて私を思ってくれる君。
私を自分の物だと主張してくれる君。
「物」として見られていたとしても、君の物ならばと優越感を得る自分。
それらは全て錯覚なのだろうけど。



この一瞬だけは
この儀式の時だけは
どうか君だけの私であり、私だけの君でいて




そうする事だけが、唯一私を救い赦すものだから




「約束…する…。キリコ。お前だけだ、、、お前、だけ…私の、死神、、、、」
「そうだ。お前だけだ。だからお前も俺だけだ。ああ。好きだよブラックジャック。愛しているから、愛してくれ、、、」
「愛し、て、、、る…から、、、、早く、私を、愛してくれよ……」






「………愛しているよ、黒男センセ」






明日の朝になれば消えている私の罪も、今の関係も
全ては無に返るのだろうけど



この一瞬だけは
この儀式の時だけは
君だけの私であり、私だけの君だから


愚かで哀れなこの私を、包み込む優しい死神であってくれ




ああ、優しい死神よ





早く私を











愛してくれ











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05.10.15