星は願いなど
いない。
何処にも。
逢いたい時に逢えない、畜生。
病院も駆け巡った、奴の家にも行った、いない。
溜息しか、出ない。
ああ、何で?
キリコ。
家に着いた。
どっと疲れていた。
無駄な焦りを感じていた。
ソファにどさりと腰を下ろし、身を埋める。
自分の髪を弄びながら私はひたすら、吐息を震わせた。
逢いたい。
逢いたい。
何で、こんな日。
別にロマンチストじゃない。
7月7日。
曇りのち雨。
降水確率…、100%。
ざあざあ降り、虚しい伝説、可愛そうなお二人さん。
真っ暗な部屋の中でテレビを点けた。
ニュースキャスターが特集で七夕を取り上げている。
一年に一度の…、…?
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿らしい。
こんな、女々しい。
こんな日に逢いたくなるなんて。
キャスターの声が耳煩いノイズに、聞こえる。
雑音が、雨音とが混じる。
煩い煩い煩いィ!!!
リモコンをテレビに投げ付けたら、電池が飛び散った。
息を荒げている自分に気が付き、がしがしと頭を掻く。
「…っ!クソ!!」
リボンタイを引き抜き、シャツを放り投げてバスルームに向かう。
ぐいとコックを捻り、冷水を浴びたら少しは気が楽になるだろうと思った。
だけど枯渇していく心はどうしようもない。
左胸をわし掴み、爪を立てる。
痛いけど気持ち良くてでも阿呆みたいで馬鹿で、駄目で。
どうしようもなくて情けない自分が、ただびしょぬれに濡れている。
何時も、来るのに。
何で、今日来ないの?
くやしい。
絶対アイツ知ってる。
今日が、あの伝説の日だって事。
あのドS。
くやしい。
結局冷えない頭をタオルで拭きながら、バスローブを羽織った。
パジャマなんて窮屈なもの、着る気になれない。
ふてくされているのか?
………。
やだ。
あんな奴に依存したくない。
何時からこんなに弱くなった。
おい、ブラック・ジャック。
自己嫌悪。
ぐるぐる回って、渇く、乾く。
身体も心も全て、雨に濡れてもどしゃぶれでも中心が全て、枯渇。
キッチンに大股で歩いて行き、冷蔵庫を開けっ広げミネラル・ウォーターの500mlを取り出し、飲み干す。
ぷはっと口を放した所で、電話が鳴った。
RRRR…、…
誰?
もしかして。
「はい―――、此方ブラック・ジャック」
『コンバンワ、先生』
ドクリと大きく脈打ったのが分かった。
唾液を飲み込み、震える吐息を堪える。
何?
電話?
キリコ酷い。
「き、キリコ?」
『ン?何ですか、先生』
「…今、何処?」
『…天の川で、織姫様とデート中ですよ』
受話器越しにも聞こえる、見知らぬ女の声。
天空のバー、ロマンティックなクラシックが鼓膜を震わす。
――――っ。
キリコ。
酷い…。
こんなどしゃぶり。
空の上は晴れているの?
「っ…酷い」
『何故?先生。先生と私は何の関係も無い』
「そ…、だけどっ…」
『そうだけど?』
「「何で電話を掛けてきたの?」」
そう聞けば良かった。
だけど、何か、もう。
何か無駄だな、と思って。
何を期待していたのだろうと、乾いた笑み。
ああ、弱くなった自分。
イラナイ。
私はそのまま何も言わず、電話を切った。
くすりと、自虐。
伝説なんか、クソくらえ。
何にも逢わない。
独りでいい、独りがいい?
きっとそう。
濡れている髪も気にせずにソファに寝転ぶ。
無意識に寝転んだ。
いや、目頭が熱くなるのが、分かっていた。
堪えきれない涙が溢れるのを予測した。
バスタオルを顔に押し付け、喘ぎ声も唇を噛んで抑える。
誰も聞いている筈がないのに、この空間にそれが響くのが嫌。
独り言体質。
治りそうも無い。
「…願いなんて、虚しいだけだ―――」
自分の力で全てもぎ取って行かなくてはならない。
全て。
全て。
何もかもを。
無駄な妄想を、リアルに戻して。
彼の事など、忘れて。
彼の、事など。
「お前なんて、空の上の、上まで行って、それで…」
それで
私の頭からも 消えてしまえばいいのに
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06.07.07