完全なる計画







とてもじゃないが手の届かない存在。
こんな落ちぶれた私には勿体無いくらい。
でも、どうしても君が欲しかった。


ひっそりとした静かなバーに私はいた。
苛立った感情を酔いに任せて頭の中から放り出そうとしていたのだ。

まただ。
また君なのか。
何時も患者を横取りしていく、紅い瞳の傷だらけの黒猫。
あの患者は殺すべきだった。死なせてやるべきだった。
なのに何故生かすんだ。
分からない。
死にたがっていたじゃないか。苦しんでいたじゃないか。私を必要としていたじゃないか。
なのに何で生かしたんだ。


何本目かになるボトルを空けておきながら全く酔えない自分に余計に腹が立つ。
早く忘れなければ。
取り返しのつかない事になってしまう前に。
この怒りを。この苛立ちを。この感情を。
瞳を瞑れば脳裏に浮かぶ。
紅い瞳で私を睨む傷だらけの君。

ああ。頗る腹が立つ。うざったい。
何でその瞳は何時も私を睨むの。
何で私を分かってくれないの。
何で傷ついていると分かってくれないの。
何で。

何でこんなに君に焦がれるの。


気付いている。
君への怒りは患者を取られた事に対するものでもあるけど、大半はその睨みつけてくる瞳。
こんな形で出会ってしまったから仕様が無いのだろうけど。
好きで好きで好きで好きで。
その瞳がにっこりと笑って私を見つめてくれる事を願っている。
その顔が私に微笑みかけてくれればと思う。


そう、気付いている。
この異常なまでの独占欲。
男同士なんか関係無い。
君が欲しい。

その紅い瞳が欲しい。
その汚れ無き体が欲しい。
その清らかな心が欲しい。
君が欲しい。
君が欲しいんだ。


馬鹿げた感情を振り払おうと一気に酒を呷った。
ロックのウイスキーは冷たく口内を潤し、喉元を通りすぎていく。
思わず溜息が出た。
しかしいくら飲んでも酔えない事に気付いて、
私は小さく舌打ちをして勘定を店主に渡し店を出た。


冷たい夜風は心地よい筈なのに、酔っていない体は無駄に火照って全てが鬱陶しかった。

熱い。

もっと冷たい何かが欲しい。
しかしこんな夜遅くからまた店に入るのも面倒なので、私は低く項垂れながらハーレーのある場所へ歩き始めた。
11月下旬だという寒さなのに、コートを脱ぎたくなるくらい熱かった。

人通りの少ない路地裏を歩く。
自分の靴音しか響かない。

何故か心が支配感に満たされた。
誰も邪魔する者がいない世界。
何も邪魔する物が無い世界。
もし君と今此所で二人きりなら。
私は何をし始めるか分からない。


君の存在を私の鳥篭の中に閉じ込めたい。
君の全てを支配したい。
全てを私に捧げて欲しい。
私を求めて欲しい。
君が欲しい。


しかしそんな支配感はすぐに掻き消される事となった。
前方から自分とは違う靴音が聞こえる。
こつり、こつりと確実にこちらに向かって足を進めているのが分かった。

折角の一人の世界をぶち壊されて不愉快極まりない。
満月を背負って歩いてくる人物は、逆光で顔が見えなかった。
その人物は自分と同じような漆黒のコートに身を包んでこちらに向かってくる。

胸に踊るは。
赤いリボンタイ。


彼だった。


今自分が欲している彼だった。


こんな偶然はめったにない。
心が大きく揺らいだのが分かった。

ああ、自分は今、此所で何をしようとしているんだ。
彼に何をしようとしているんだ。
何で拳を握り締めているんだ。

心臓がばくばくと脈を打ち始めた。
彼は俯いて歩いているため私の事に気が付いていない。



ああどうしよう。
今、此所で、私は。
君を。
手に入れたくなってしまったじゃないか。






そして私は擦れ違い様に、彼の鳩尾に拳を入れた。






Next
Text Top
05.10.19